OUR MISSION 代表挨拶

PREMIUM PAINT WAS BORN LIKE THISプレミアムペイントはこうして誕生しました

四方を海に囲まれ、四季がある日本では、昔から塗料とは切っても切れない関係にありました。
なぜなら、寒暖乾湿の差が激しい環境の中で、建物を風雨風雪劣化から守る必要があったからです。
それでは、塗料業界では『世界最高品質』と言われているジャパン・クオリティの歴史をご覧ください。

プレミアムペイントの歴史

石器時代

日本の塗料は「漆(うるし)」。日本は古くから漆が使われてきました。
日本において記録としていちばん古いものは2400年前の孝安天皇の時代に、三見宿弥(みつみのしゃくや)という人が器に「漆」を塗って宮中に献上したことが残っています。

米国ペリー特使来日(嘉永6年)

米国ペリー特使再来日・日本で初めての塗装(安政元年)

米国ペリー特使が、幕府役人と会見した木造談判所に持参した油性塗料を塗装しました。
江戸の職人町田辰五郎が苦心の末、1853(嘉永6)年に完成したペンキ塗装を記念して建てられた碑です。開港百年祭を機に建立されました。

新橋横浜間鉄道開通(明治2年)

塗料の研究開始(明治7年)

東京開成大学(現東京大学)に、ワグネル博士(ドイツ人)が招かれ、その助手をしていた茂木春太と弟の重次郎を指導して、顔料及び塗料の製造研究を始めました。

日清戦争・日本の塗料工業(明治14年)

茂木重次郎は、公明社(現日本ペイント株式会社)設立し、公明丹(鉛丹)、亜鉛華、固練りペイント(顔料にボイル油を混入した糊状の塗料)の製造を始めました。

日本の特許第1号は、塗料および塗装(明治18年)

漆工芸の大家、堀田瑞松が、漆を利用して出願した「堀田さび止め塗料および塗装」が特許第1号として登録されています。

日露戦争(明治37年)

第一次世界大戦終戦・日本の塗料メーカーの誕生(大成3年)

明治中期から大正初期にかけて塗料メーカーが次々とでき、大正の初め頃には輸入品はほとんど姿を消す程の実力になりました。

第二次世界大戦(昭和16年)

第二次世界大戦終戦・塗料工業の総生産量はわずか1万トン(昭和20年)

日本塗料工業会創設(昭和23年)

シリコン樹脂塗料の開発(昭和28年)

東京タワー完成・ポリウレタン樹脂塗料、アクリル樹脂塗料の開発(昭和33年)

フッ素樹脂塗料の開発(昭和44年)

ついに、プレミアムペイントが誕生!

高度成長の波に乗り、塗料の生産量は昭和30年に15万トン、昭和40年に60万トン、平成16年には183万トンにまで飛躍的に増大していきました。
21世紀に入り、建物の劣化を防ぐことだけを目的としていた塗料から、建物の色彩、機能性、環境問題にも配慮した塗料へと進化を遂げ、お客様満足をさらに高めていきました。
5年程度した持たなかった塗料が20年以上の耐久性になり、建物に塗るだけで夏場の室内の温度上昇を抑える遮断、断熱塗料。現場での異臭問題や環境問題の取り組みとして水性型塗料の普及など、今日までの塗料技術の進捗は計り知れません。
しかし、それにともなってリフォーム業者の中から「悪徳」と言われる業者が現れ始めました。
年々被害による相談件数が増える中、リフォーム業界だけではなく塗料業界にも品質のともなわない塗料を製造しているメーカーや団体が現れ始め、不健全な業界へと拍車をかけていきました。
そのような環境の中でも、「お客様が安心して塗り替えリフォームをご依頼できるように!」という願いと、施工に直接携わる「職人目線」での最高の塗料開発という視点を両立させて誕生したのがこの「プレミアムペイント」なのです。

国民生活センターに寄せられた相談件数の推移

相談件数は2013年7月31日 現在

年度 2008 2009 2010 2011 2012 2013
相談件数 5,318 5,777 6,054 6,397 6,468 1,793(前年同期 1,608)
判断不十分者契約 248 278 313 285 284 78(前年同期 73)